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絡みつく腕が寝返りをした私の身体をグイっと引き寄せ、重い瞼を上げた。
窓を見ればカーテンの隙間からは、差し込む暖色の光が見える。
力強く巻き付く腕に手を添え、私は目を閉じた。
昨夜、この家のキッチンで料理をしていた時からまだ一晩だというのに、なんだか随分と経った気がする。

彼の告白はあまりに衝撃的だった。
と同時に、バラバラのピースがピッタリとはまり、彼の真実がしっかりと見えた。

情事の最中、私は彼の辛さを想って涙した。
彼は私を抱きながら、或いは口づけをしながら、
うわ言のように「俺から逃げないで」「離れていかないで」と言っていた。
何をそんなに恐れることがあるのだろう。
私はもうとっくに彼の懐に飛び込んでしまったというのに。
彼の素性がどんな人でも、私と出会う前にどんな事をしていても、彼が彼であることにかわりない。
………否。
敦賀さんは、あの!クー・ヒズリの1人息子さんじゃない!
ただでさえ私には畏れ多い人なのに…そのうえ先生の……。

彼の腕に添えた手に力を込める。

ヘレン・アーウィン
間近で見た彼女は、言葉で言い表せないほど綺麗な人だった。
服の上からでもわかるほど胸の膨らみは零れんばかりで、そこから繋がる美しい曲線。
彼女の出演映画は数作見ているが、表情・動きどれをとっても参考になる程のものだ。
……敦賀さんの恋人はそんな人ばかり…なのかな……。

はあ…と大きく溜め息を溢す。

彼の腕が巻き付くこの身体は凹凸も少なく、彼を悦ばせる技術もなく、顔は十人並で、演技は素人に毛がはえた程度のもの。
彼の気持ちは『寝言』の一件から、疑うことなく感じることができる。
だけど…こんな私じゃ、彼の心を留まらせることなどできない。
いや…今、この状態こそが奇跡なのか……。

思考がだんだんと悪い方向へと流れて行く。

すると急に巻き付く腕の力が強まり、首筋にチュッとリップ音が響いた。
そのまま滑るような所作で耳元で囁かれた。

「俺とのこと…後悔でもしてるの?」

「…おはようございます、敦賀さん」

「おはよう、キョーコ。
……質問には答えてくれないの?」

後ろから抱き締められる腕の力は変わらない。

「後悔…しているのかもしれません」

彼の額が私の首筋にうずまる。

「だって…『敦賀蓮』でも畏れ多いのに、そのうえ『クー・ヒズリの息子』だなんて。
そんなヒトが…私の恋人だなんて…」

「……そっち?」

頭を上げた彼がキョトンとした顔で呟く。
私は身体を返し、彼の方向いた。

「本当の俺や俺の過去を聞いて、逃げ出したくなったんじゃなくて?」

「逃げ出したいのは敦賀さんを取り巻くビッグネームです」

芸能界一いい男『敦賀蓮』や、『ハリウッドスターの息子』という肩書は私にとって、とても重い。

「私はただの貴方がいいんですよ」

「……敦賀蓮じゃなくても、過去にどんな事をして来ても、俺がクオン・ヒズリでも構わないと言ってくれるの?」

私は肯定の意味を込めて微笑んだ。
そして、迷子の子供のような顔から笑顔になったその唇に、私の唇を合わせた。
軽く触れただけの唇が離れた時、彼が言った。

「まあ…たとえ君が俺から本当に逃げたいと思っても、手放してはやれないから。
だから、すまないけど、逃げるのは諦めてくれ」

今度は正面から彼の腕が私の身体が巻き付いた。
そして、彼の頬が私の額と密着する。

「そうですね…。逃げるのは諦めます。
前例もありますからね」

クスクスと笑った。
どちらともなく近付く唇。その距離があと数ミリ……というところで、枕元に転がしてあった敦賀さんのケータイが鳴った。
2人の視線がそのけたたましく鳴る物に集まる。

チッという舌打ちと同時にケータイに手を伸ばし、液晶に映る名前を確認して電話に出た。

「もしも「蓮ーーー!今どこだ?!」

と少し離れた私のところまで、社さんの声が聞こえた。
その声に時計を見て驚愕した。

こんな時間!

「ああ、すみません社さん。これから用意して向かいますから」

「おいーー(泣)昨日別れる時、しっかり今日の時間確認しといただろーー?」

「本当にすみません。のっぴきならない事情といいますか、よんどころない事情といいますか…
止むに止まれぬ事がありまして」

「わかったから!今すぐ、用意してくれ!」

社さんは敦賀さんの返事も待たずに通話を終了したらしい。
私はというと、時間に驚愕した後、リビングに脱ぎ散らかした服を持って寝室に帰ってきた。
そして、ひたすら必死にそれを着る。

「……キョーコ、愛してる」

不意に彼の大きな手が私の頬を挟み込み、上を向かされた瞬間に深い口づけが落とされた。
そんな場合じゃないのに!と思っていたのに、次第に自分の考えなど溶かされるようにその口づけに応じた。



その日、社さんの雄叫びと共に、無遅刻キングに初の黒星がついたとか……。




**********



や!まだ秘密編完結ではないですよ?
もう少しだけ、お付き合いください(*^_^*)

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2013.08.29 Thu l Wish l コメント (0) トラックバック (0) l top


『兄さん』

ふと、今までの沈黙を破ってセツが静かに言った。

『ヘレンさんは待っててくれるって。
話しは終わったんでしょ?帰ろ?』

『……そうだな』

俺を見上げる彼女。
それに応えるべく踵を返し、ドアへ向かおうとした。

『待って!』

ヘレンが駆け寄り俺の腕を掴んだ。

『意地悪な言い方をしてごめんなさい。
でも、ずっと探してたの…!ずっと…ずっと会いたいと願っていたのよ…』

宝石のような大きな瞳から、ぽろぽろと滴が流れる。

『貴方が突然ある日いなくなってしまって…』

絞るような声で言うと、腕を掴んだまま床に膝をつく。

『やっと見付けたのよ!また、私の前から急にいなくなったりして欲しくない…。
お願い…連絡先を教えて?』

懇願するヘレンの両肩を持ち立たせた。

『無理だ…。だが、あと1ヵ月もしない内にわかるだろう。
俺はもう、逃げたりはしない』

そうヘレンの目を見据えて、強く言った。
そして、言い終わると同時にセツの肩を抱き、歩き出した。





飲んでしまっているので代行を使いマンションに帰る。
もちろん、彼女をこのまま帰す気などない。
終始無言の彼女。
その手をギュッと握り、キーでドアを開ける。

ダイニングテーブルにはキョーコが作っておいてくれた置いてある。
冷めてしまったそれが、今もなお良い匂いを放っていた。
そこをそのまま過ぎ、リビングのソファに座らせた。


今までも、何度となく告白しようとは考えていた。
いつかは話さなければいけないと、思っていたんだ。
ただ…その『いつか』を考えるのが怖かっただけで。

だが、その『いつか』がやってきた。

切り出し方のわからなかった俺にくれた、チャンスという名のヘレンからのプレゼント。


「キョーコ」

キョーコの隣りに座り、彼女の方を向き、膝の上においてある小さな両手を包む。

「俺の本当の名は、クオン。
クオン・ヒズリというんだ」

彼女の瞳が揺れる。

「父は…知っての通り、クー・ヒズリ。
アメリカで生まれ、15まで暮らしてた」

俺は穏やかな口調で、でもしっかりと、キョーコに話し始めた。

父を尊敬し、芝居の楽しさを覚え、父の影に悩み、すさんでいった自分。
穢れだけが増えていき、親友をどうやって無くしたのかも。
家を出た日の事、日本に来てからの『敦賀蓮』の事も。
今までの事を、包み隠さず話した。
そして、ヘレンの事も。

キョーコは下を向いたまま。
怒るでもなく、悲しむでもなく、驚くでもなく、全てを無言で聞いていた。

「……本当の俺は、カイン・ヒールやB・Jのような男だ。
だからこそ、ヘレンは俺だとわかったんだと思う」

ずっと握っていた彼女の手を離し、フイッと横を向く。

「君とのことは…夢のようなことで…
本当は、俺のようなものが願ってはいけないヒトだったんだ」

ギュッと瞳を瞑り、強く拳を握る。


そう……キョーコは、幸せになってはいけない俺に遣わされた女神だ。


俺の本当の正体を知ったからといって、手放せる筈もない。


俺は未だ反応のない彼女の唇に自分のそれを重ねた。

「…そ……でも…れから……に…ないで…」

味わうようなその行為の合間に、俺は本音を口にした。
そして、答えを聞くのが怖くて、
逃げる素振りがないことをいいことに、俺はその行為を進める。

甘い吐息と俺を狂わす嬌声に混じった彼女の涙を見ない振りをして……
俺はもしかしたらこれが最後なのかもしれない、と思いながら朝まで彼女を放す事はできなかった。


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2013.08.28 Wed l Wish l コメント (2) トラックバック (0) l top

近衛監督に呼ばれた席に彼女がいた時、マズイと思った。
彼女は間違いなく俺だと確信して近衛監督にコンタクトをとったんだと。

急の呼び出しを、もっと不信に思えばよかったんだ。
彼女が来日していることはわかっていたし、彼女がどんな子だか知っていたのに…。


どんなに後悔しても時間は戻らない。


キョーコもさぞ、混乱していることだろう。

俺はフウ…と重めの溜め息を溢しながら、彼女の後ろを歩いていた。
斜め後ろには、セツが俺の手を握りながら静かについて来る。

エレベーターを降り、明るく清潔感のある廊下をひたすら無言で進むと、彼女はひとつのドアを開け、俺達を中へと促した。
中はリビングルームと寝室が別れた、スィートルーム。
正面には大きな窓から、星屑の夜景が臨める。

彼女がこの滞在中に使用している部屋だ。

中央に鎮座したゆったりとしたソファに座るよう言われたが、俺は壁にもたれ冷蔵庫を覗く彼女を見ていた。
長話などする気はない。


『取り敢えずビールでいい?妹さんは?』

缶を片手に近付き、微笑む。

『……いや、何も要らない』

差し出された缶を掌でやんわりと押し、暗にすぐ帰るとほのめかす。


『…妹さんは、知ってるの?貴方の…』

『ヘレン!』

ヘレンの言葉を遮った俺の声が部屋に響いた。
俺の隣りに佇むキョーコがこちらを見たのが視界に入る。
だが、俺の視線はヘレンから離れられない。

『……ふーん、そうなの』

ふんわりと微笑むヘレン。

彼女は俺の言葉に、妹は何も知らないのだと察したようだ。
先程監督に呼び出されて対面した様子で、俺を『クオン』だと確信したように。
そして、この場に来たからにはヘレンに正体を隠す気はないのだという事も、わかっているのだ。


そう…昔から聡い子だった。

それまで付き合ってきた女の子は、俺に見返りという名の「愛」を求め、
俳優の息子という肩書と容姿に惹かれ、身体の欲求を満たすために身体を重ねた。
そして、そんな彼女達を俺がどんなふうに思っていたのかも。

3歳年上のヘレンは魅力的な子だった。
演技も上手く、普段はしとやかで。だが、不意に芯の強さと良い意味で粘り強さもあった。
彼女はいつも俺の事を気遣い、愛情を惜しげもなく全面に出していた。
だというのに、恋人の俺に「愛」や肩書、言葉や態度も、無理に求めなかった。
半年以上付き合っていても、彼女が別れをほのめかしたこともない。

…もちろんこの時の俺は、そんなヘレンの事を『好き』だと……思っていた。


15歳だったあの時、俺はヘレンに別れを言うという頭もなく…
日本へと来たのだ。



『ヘレン……
この子は、俺の恋人だ』

キョーコの肩を抱き、頭頂部に軽くキスを落とす。
ヘレンとの仲を不信に思って今後に悪影響を及ぼすのは火を見るよりも明らかだ。
愛おしいと思うこの子を、失うわけにはいかない。

『恋人…。そうなの』

彼女は、どうでもよさそうに言った。

『今までの期間に彼女がいなかっただろうとは思ってないわ。
知ってるでしょ?私わりと気は長いの。
妹さんの気が済むまで、待ってるわ』

『この子と別れる気はない』

微笑む彼女とは反対に、俺の言葉が低く響いた。

『貴方に別れる気がなくとも、いつものように彼女から別れの言葉が貰えるわよ』

かわいそうに…と首をかしげながら言うヘレンに無性に腹がった。

そうだ…いつだって俺はおびえている。
今までの彼女のように急に「他に好きな人ができた」と言われることを。
またこの間のように「別れたい」と言われることを。

いまだ一言も発さないキョーコの肩を、強く抱いた。



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2013.08.21 Wed l Wish l コメント (2) トラックバック (0) l top



刹那の緊張。
それは私のものというより、敦賀さんのものだったのかもしれない。


「…あー、Missアーウィンは彼を誰かと勘違いしてるのかな?」

その空気を撃ち破ってくれたのは、今まで固まっていた近衛監督だった。
ただならぬ気配の2人にこともなく近付き、更に声を掛ける。

「こちらはBJ役のカイン・ヒールさん、その妹さんのセツカ・ヒールさんです。
カインさん、こちらは知ってると思うけどヘレン・アーウィンさん」

和やかに紹介をしてくれる監督。
今までの空気が変わる。

『……どうも、ヘレン・アーウィンです』

彼女はニコッとし、兄さんに握手を求める。
差し出された右手に応えるべく兄さんも手を差し出した。

『昔みたいに「ヘレン」って呼んで?』

結ばれた手と共に兄さんに近付いた彼女の声が、かすかに私にも届く。
離れた彼女は同じように私とも挨拶をし、全員席に着いた。
その後は、たわいない話と映画やの感想、兄さんの賞賛を楽しそうに主に監督と彼女が話していた。

隣りに座る兄さんは、声を発することもなく。
ただ出された琥珀色のグラスを仰ぐ。
私はと言えば、ハリウッドスターとご一緒してるというのに話がまるで頭に入ってこない。
頭の中を占めるのは…彼女の言葉。

「コーン」と聞こえた。

浮かぶのは、遠い昔のあの妖精。
その妖精の事を考えては現実に戻る。
……カイン・ヒールを演じているのは敦賀さんだ。
敦賀さんの恋人は…わたし。
……だから、間違いなく彼女は兄さんと誰かを人違いしてるんだ。

最初に彼女を見た時の敦賀さん。

知り合いだと…感じた。
でも、今までの言動と敦賀さんがどうしても結びつかない。


今、敦賀さんは…何を考えているのだろう。


会話にはまるで入らず憤然とソファに座り、微動だにしない兄さんを見つめる。
私の視線にも気付かず、薄暗い室内で兄さんの視線の先はわからなかった。

敦賀さん……?

そんな考えを数十回繰り返したところで、この会もおひらきとなる。

ホテルのロビーで皆が挨拶を交わし、その場をを離れようと歩く兄さんに初めに声を掛けたのは彼女だった。
腕の袖を軽くを掴み、微笑みながら。

『話を、しましょ?』

振り返った兄さんは深く溜め息をつく。

『お願い……』

初めて明るい中で彼女を見て、私は思わず息をのんだ。
懇願する彼女の表情は眉を顰めているというのに圧倒的な造形美で。
長いまつ毛に縁取られた翡翠色の大きな瞳と、スッと通った鼻梁。
抜けるような白い肌はきめ細やかでシミひとつない。均整のとれた華奢な身体は芸術品のようだ。
黄金で艶やかな髪が胸まで流れ、光を弾きより輝いて見えた。

兄妹としてここにいるというのに、私は唯一の矜持のはずの演技でさえもできず立ち尽くす。

『……離せ』

抑揚のない声に彼女の表情はより険しくなる。
掴んでいた裾から手を離し、バラ色の小さな唇が開いた。

『じゃあ……
貴方がどうしてもダメなら妹さんを、貸してもらうわ』

一歩下がり、クルリと私の方を向く彼女。
私と目が合うと、ニコリと微笑んだ。

そんな彼女の腕を、今度は兄さんが掴む。

『わかった…!行くよ』

『フフフ、嬉しい』

掴んだ手をゆるりとほどき、その腕に擦り寄る。
兄さんの表情は変わらず、その行為を受け入れていた。

『……セツ、お前は帰れ』

この流れをいまだ把握できない。
足に根が生えたように動かない。

やっぱり…知り合いなんだ…。
だって、「兄さん」なら彼女の言葉を承諾するはずないもの。

『間違いじゃないわ。
私は貴方の“恋人”、そうでしょ?』

不意に彼女の言葉を思い出す。

まとまらない頭とは裏腹に言葉が口から飛び出した。

『嫌よ!兄さんが行くなら、私も一緒に行く』

その言葉を聞いて兄さんが何か言おうとしたが、すかさず彼女が遮った。

『場所を、移しましょ』

そうだった。ここはホテルのロビーで、不特定多数の人が往来する場所だ。

私達は彼女に促されるまま、ホテルの奥へと靴音を響かせた。




**********



全く進んでませんね…。なかなか進まず、私の方がやきもきしてます。
最近、書き上げ・即UPなので…誤字脱字に皆様注意して下さい。


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2013.08.20 Tue l Wish l コメント (2) トラックバック (0) l top

店に入るとそこは程よく薄暗い。
控えめな声色で、上品な身のこなしの女性が奥の個室へと案内してくれた。
奥へと歩く黒い兄の手を握りながら、私はただ布越しから伝わる温もりを意識していた。

ドアが開かれ、中へ促される。

数歩進むと、おおらかな人柄を模したような馴染みのある声が私達を歓迎する。

「カインさん、妹さん、待ってたよ」

革張りの座り心地の良さそうな数人が座れるソファから立ち上がる近衛監督。
兄さんも私も素っ気なく監督に会釈程度の挨拶をする……はず、だった。


突然兄さんの時間が止まった。
まるで石のように、彼は動く事も言葉さえも無く立ちすくむ。


「兄さん?」

不思議に思い彼を仰ぎ見れば、彼は一点を見つめていた。

視線の先、そこは監督の隣り。
立ち上がった監督より数秒遅れて立ち上がった……女性だ。

私は兄さんの…いや、敦賀さんの手をギュッと握った。
この時の感情はうまく言葉に表せないが、直観的に気が付いてしまった。
あの女性は『敦賀さん』の知っている人なんだと。

そう思った時、強く握った手を握り返された。

止まっていた時間がまた流れ出したように、兄さんは何事もなく無言でソファへと進もうと足を出した。
その瞬間、ドンという衝撃が彼の手から伝わった。

今度は私と監督の時間が止まる。

目の前の状況に、息ですら上手く吐くことが出来ない。

彼の体幹に腕を絡ませ、胸に顔をうずめて、回された腕の先にある指は彼の背の服を皺になる程ギュウギュウと握ってた。
そして抱き付いた彼女は、しきりに胸へと頬擦りをし呟いた。

『会いたかった……!
ずっと…ずっと…探してた………!』

揺れるブロンドの髪。
今だ現状の把握もできず、固まる2人。

………この女性は、何をしているの…?
誰かと兄さんを間違っているの?

『カイン・ヒール』は架空の人物だ。
映画「TRAGIC MARKER」の主演俳優・カイン・ヒールは、敦賀蓮が演じる存在しない俳優。
来月にはその正体も公表予定だが、今現時点でカイン・ヒールに知り合いなどいるはずもない。
まして、「ずっと」と言うほど前からカインはいない。


『人違いだ』

いつもより低い声と同時に、私の手から離れた彼の手が擦り寄る彼女の肩を押し、両腕を持って離した。

『離れろ』

兄は女性から離れる為に一歩下がる。

『……フフ。相変わらず…ね」

口の端を持ち上げ微笑む女性。
その美貌に息をのむ。

私は彼女の顔を初めてしっかり見て、やっと気が付いた。
彼女は……『ヘレン・アーウィン』だ。
先日、出演映画の宣伝で来日したハリウッド女優。

私は彼と彼女の間に割って入った。

『兄さんに、触らないで』

自分より少し背の高い彼女を見る。

『…可愛い妹さんね』

美貌がふと私を見て微笑む。そして、すぐまた視線は私の後ろの兄さんへ。

『でも…貴方に妹は……いないでしょ?』

ハッとした。
彼女は『カイン・ヒール』に言ってるんじゃない。

でも…公表していない今は、敦賀さんは『カイン・ヒール』で、私はその妹『セツカ・ヒール』だ。

『兄さん…知り合い?』

『いや…誰かと間違っているんだろ』

クスクスと乾いた笑い声が聞こえた。

『間違いじゃないわ。
私は貴方の“恋人”、そうでしょ?』


その言葉にもビックリしたが、私はその後に続いた音のほうが…衝撃的だった。



「コーン」



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2013.08.07 Wed l Wish l コメント (2) トラックバック (0) l top

今日も遅くまで仕事をこなす彼の為に、私は預かったカードキーで部屋へ上がり込みせっせと晩ご飯と作り置きに精を出す。

「敦賀さん、今日はすごく遅いって言ってたし…
これ、作り終わったら今日は帰ろうかな」

私が来れる日は家主がいなくともできるだけこうやって食事を作りに来ていた。
彼が忙しいのはわかりきった事で、いつでも会える訳がないのも当たり前で。
だけど、会えなくてもこうやって私がいた痕跡を残せば、彼が喜んでくれるのも知っている。
私も彼の食事の心配が軽減される。

以前は『恋』だの『愛』だのなんて、人の人生を狂わす白い粉と同じだと思っていた。
そんな私が、こんな気持ちでここに立っていられる事が不思議だった。

不安はいつだってある…。

でも、そんな不安に潰される前に、自分の考えや気持ちを伝えようとお互い約束したのだ。

気持ちが変わってしまうのは…しょうがない事……。
だけど、それまでは、それまでは私は彼の恋人として堂々としていていいのだと、やっとそう思えるようになった。
命がおしいから、世間に公表はしないけど…。

そんな事を考えつつ晩ご飯をテーブルに置いた時だった。

リビングに置いた自分のバッグから鳴りだした着信音。
その音に吸い寄せられるように駆け寄る。
表示を見れば『敦賀さん』の文字に、私はすぐさま通話を押す。

「はい、最上です」

「キョーコ?今、仕事中じゃないよね?」

挨拶もそこそこに会話を始める敦賀さんに、いつもと違う感じを覚えた。

「はい、今敦賀さんのお部屋です」

「そうか…急で悪いんだけど、これから迎えに行くから用意して?」

「……?
どういう事ですか?」

「仕事…になるのかな。カインとして、近衛監督に呼ばれたんだ。
急だけど、セツとして一緒に来て欲しい」

「そうなんですか。わかりました、ウィッグや衣装は事務所なので寄ってもらえますか?」

「わかった、もうすぐ着くから」

そう言い終わると通話は切れ、私は急いで支度を始めた。



地下の駐車場に見知った車が停まり、私は人目を避けながら素早く乗り込んだ。
運転席には既に黒い服を纏った、愛しい兄の姿の彼。
予定ではこれからもう1つ仕事が入っていたが、相手の体調不良の為延期になったところで近衛監督からの連絡だったらしい。

「なんでもカインとして来て欲しいって、社さんに近衛監督から直接連絡があってね。
カインとしてなら、セツも必要だと思って連絡したんだ。ちょうどいてくれて助かったよ」

車を走らせながら、彼は穏やかに話した。
一歩外に出たらたちまちこの柔和な雰囲気はなくなり、黒いオーラを放つようになるのだろう。

色の服と同じ漆黒の髪から覗く瞳。
スラリと長いが程よく筋肉質な腕。
彼を形作る全てが美しく見えてしまう。

そういえば…この姿の敦賀さんを見るのは久し振りだ。
『TRAGIC MARKER』が上映が始まって2ヵ月だが、クランプアップしてから数えると随分経つ。
カインの正体を明かすまでは、彼はイギリスに帰った事になっているのだ。
もちろん、私もセツになるのは久々だ。
今日のカイン・ヒールの呼び出しも急な事だと言うし、どうも敦賀さんも今日の内容は聞いていないらしい。

「映画の観客動員数も記録的だって聞いてますし、急にどうされたんでしょうか」

「そうだね…でも、呼び出し場所が会員制クラブの個室だから…深刻な事ではないと思うけど」

「はあ…」

事務所で素早くセツになり、そのまま指定の場所へと急ぐ。

着いた頃には敦賀さんもいつもの兄で、私もそんな兄の腕に自分のそれを絡め店へとはいった。

久々のこの感覚に、私は浮かれていた。
これから繰り広げられる光景など想像もせずに、
私は今日は会えないと思っていた恋人に会えた喜びと、外で堂々とできる行為に内心心躍っていた。






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2013.08.06 Tue l Wish l コメント (2) トラックバック (0) l top
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